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ネパール

アンナプルナサーキット 5日間 制覇!

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 アンナプルナサーキットを5日間で制覇してきました!

 5400メートルのトロンパスを含めたブルブレーチャーメーマナンートロンフェリームクチナートージョムソンを5日間で駆け抜けました。この驚異的なトレッキングの成功は、同行者のK氏と案内人ヤンバートル氏とポーターのスーバートル氏のおかげ以外なにものでもありません。

 2010年8月1日 ネパール到着

 午後12時30分にネパール・トリプバン国際空港に到着。そのまま、ドメステックに移動して、午後3時30分ごろポカラへと飛び立ちました。約30分ほどのフライトでポカラ到着です。ポカラでヤンバートルとスーバートルと合流して、ジープでプルプレを目指します。ベシサハールを経てブルブレ到着は約6時30分。ここで、パーミッション代金が1人2000ルピーのところを払っていなかったということでペナルティーがついて1人4000ルピーになりました。おまけにルピーをもっていなかったので、近くの露天で足下レートでドルと交換して2人で120ドル取られました。Bhulbhule ht.840

   

 

 トレッキング第1日目 8月2日

 午前6時ごろにブルブレを出発する。ビスケットとレモンティーをとり、朝食は少し歩いてからとることにする。9時頃、ダルバートをとる。(Nagadi ht.930)今回はすべてネイティブがとるダルバートを注文する。究極のベジタリアン食である。ニンニクたっぷりも高山病対策になる。13時15分頃Bahundanda ht.1310にて昼食。もちろんダルバート。16時30分ごろChamja ht.1430 に到着。ここで、K氏がTalまで行こうと主張。川岸の美しい村jという。ここで、右足のかかとに違和感を感じたが、ポーターも行けると言うので後2時間歩くことにする。午後6時50分、Tal  ht.1700に到着。川岸の小さな村だが、雨期の今、沈みそうな村になっていた。K氏曰く「30年前はもっときれいだった。川がこんなにせまっていなかった。」とのこと。大雨がもう一雨くると村がなくないそうなぐらいであった。右足のかかとは靴擦れで皮がむけていた。左足もこの2時間のトレッキングで皮がむけた。バッディは部屋にトイレ付きのきれいな部屋であった。夕食はもちろんダルバート。

  

 トレッキング第2日目 8月3日

 午前7時頃、タールを出発。途中、靴擦れが痛くなってきたので、靴を脱いでスリッパでトレッキングする。スリッパでアンナプルナをトレッキングするなんて、まったくトレッキングをなめた話である。でも、足はとても楽であった。まわりの現地ネパール人もスリッパの人が多かったのでなんとなく平気であった。13時頃、ダラパニ着 ht.1860、ダルバートの昼食。また、ひたすら歩いた。途中、道が滝になっている場所があった。雨期ならわである。17時30分頃、チャーメ着。Chame ht.2670。チャーメではカナダ人の21歳の女性とスペイン人の小太りの男性と一緒になる。夕食は、いつも通りダルバートにしたが、スペイン人の食べていたパスタがおいしそうだったので、明日の朝食はパスタにしてもらうことにする。

  

 トレッキング第3日目 8月4日

 午前7時頃、チャーメを出発。昨日は見えなかった氷河がきれいに顔を出した。この日も一日スリッパでトレッキングしたが、比較的楽なトレッキングであった。13時ごろ、ピサン着。ht.3200。昼食のダルバートをとる。ここよりダルバートにドクダミ味のコリアンダーが入ってくる。まわりの景色は次第にチベット風になってくる。マナン到着直前に、チベットの民族衣装を着た夫婦が馬2頭で走ってきた。馬上から、「ナマステ」と言って走り去る姿がめちゃくちゃかっこよかった。午後6時頃、マナン着。ht.3540。マナンに到着と同時に頭痛がしてくる。どうやら高山病が襲ってきたようである。食欲はなし。ダルバートはあまり食べられず。頭痛薬を飲む。このまま進むかどうかは明日の朝に決めることにする。夜は頭痛のために寝たかどうかは定かでないような感じであった。腹式呼吸をして夜を過ごした。明日はいよいよトロンフェリだ!!出発するともう引き返せない。

  

 トレッキング4日目 8月5日

 朝、食欲はあった。おかゆにオムレッツを完食した。この食欲ならいけそうな気がした。本来なら、ここで高度順応すべきであるが、日程上に余裕のない我々は強行突破することにした。いざとなれば、レスキュウヘリを呼ぼうと・・・・。マナンからは今までの景色とはがらりと変わって見えた。古いチベットの町の雰囲気が漂う。マナンの町で毛の帽子を買う。200ルピーなり。頭を冷やさない用にするのが肝心だ。シェルパのヤンバートルも頭が痛くなってきたようである。頭痛薬をわたす。彼も毛の帽子を買う。ここまでずっとダブルキャンプできているんで、シェルパもポーターもたいへんだ。ポーターのスーバートルは「おれもうこんなトレッキングいや」とヤンバートルにこぼしていたもよう。でも、我々にはにこにことして行けるという。11時30分頃、ヤクカルカにて昼食。ht.4018。ここではダルバートは食べられず、おかゆだけを食べる。昼食後、トロンフェディを目指すが、途中崖崩れがあり。足場だけを作り、なんとか通過。15時頃、トロンフェディに到着。ht.4450。頭はがんがんである。ここまで着たらもう引き返せない。明日は3時30分起きで、4時出発である。早めに寝るが、寝れない。腹式呼吸を一晩中していた。うとうととするのだが、腹式呼吸をやめると息が止まりそうな気がした。

  

  

 トレッキング5日目 8月6日

 早朝、真っ暗な中、ヘッドライトをつけて出発。いきなりきつい登りの連続である。小雨もぱらつき気持ちが暗くなる。ビスタリ、ビスタリ。8時頃、トロンパス到着!!ht.5416。うれしい!!さあ、後は降りるのみ!!早く高度を下げたい。氷河がとても近くに見える。ムスタン側にも氷河が見える。どんどん降りる。どんどん降りる。降りても降りても下りである。この下りで足ががくがくになる。

  

 午前11時40分頃、ムクチナートに到着。ht.3800。ここまで下ると頭痛もやわらいだ。と言っても富士山よりも高いのだが・・・・・。食欲も出てきて、途中でラーメンを食べた。さて、ここから、パッセンジャージープがあるというのでに乗ろうとするが、出発が4時だという。そんなに待つことができない。すぐにでも、少しでも高度をさげたい。とにかく歩くことにする。4時40分頃、川添の村で休憩中に、カクベニから来たというパッセンジャージープと遭遇!ラッキー!ジョムソンまで200ルピーで乗る。歩けば2時間以上のところだ。5時20分頃ジョムソンに到着!!ht.2710。

 ジョムソンからは、ポカラまで飛行機を使う予定である。(フライトキャンセルがないという前提)

 翌日、フライトキャンセルがでると、タトパニ ー ベニ とさらに2日間のトレッキングが待っている。

 8月7日、朝、大幅に遅れはしたが無事に飛行機は飛び、我々の驚異的なトレッキングは終わりを告げた。

 ブルブレからジョムソンまで5日間。なんと無茶なトレッキングだったのか。同行の3名の力のおかげである。山を知る人はみんな「無理だ!」という。無知がなせたワザかもしれないが、命がかかっていたのだと行ってみてわかった。我々のトレッキングアドバイザーであるアンニマ・シェルパ氏はこの計画に当初反対だった。無事帰還の報告をすると「ヘリで帰ってくるものと思っていた」と彼は言った。彼はきっとヘリを呼ぶと思ったからこそ行かせたにちがいない。 

 

ヒマラヤ トレッキング

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 私たちは、ネパールの山村僻地校を支援しています。毎年文房具を直接届けています。ソルクンブ群ダクチュウ村をめざして、ヒマラヤトレッキングです。

 


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